
思うように動けない自分に戸惑った夏
やりたいことがある。行きたい場所がある。会いたい人がいる。
そんなふうに、自分のペースで動けることを、これまで当たり前のように思っていたのかもしれません。
ところが、この夏、体調を崩したことで、その当たり前が大きく揺らぎました。
いつもの私なら、あれもしたい、ここにも行きたいと、やりたいことが次々に浮かんできます。旅行の計画もありました。
それなのに、思うように身体が動かない。
朝も起きられず、めまいや頭痛が続き、いつものように行動できない日々。
「いつになったら元気になるんだろう」
「また、いつもの私に戻れるのかな」
そんな不安から、自信をなくすこともありました。
人生で、こんなにも思うように動けなくなったのは初めてのこと。

今年の夏は、関東地方で雨模様の日が長く続き、低気圧の影響も感じる日々でした。
熱中症も二度繰り返してしまい、回復には思っていた以上に時間がかかりました。
骨折や入院などで、否応なく行動を制限されるような経験もなかった私にとって、
初めての大きな立ち止まりだったのかもしれません。
今振り返ると、もっと大きなことになる前に立ち止まる機会をもらえたのは、
幸いだったのかなと思います。
そして、氣づいたのです。
自分のペースで動ける身体があることは、決して当たり前ではないのだと。
休んでいただけなのに、なぜ罪悪感がわくのだろう
身体がつらいのだから、休めばいい。
頭ではわかっています。
それなのに、いざ休もうとすると、何もしていない自分がもどかしくなる。
ゴロゴロしているだけで、どこか罪悪感が湧いてくるのです。
「どうせ休むなら、動画でも見よう」
「溜まっていた映画を見よう」
そんなふうに、何かをせずにはいられませんでした。
そして、アニメをひとつ見始めると、今度は続きが気になって仕方がない。
結局、最終話まで見ないと気が済まないのです。
我ながら、そこまでしなくてもいいのに……と呆れることもありました(笑)。
でも、考えてみれば、これは普段の私の性質そのもの。
氣になったらすぐに調べたい。
やりたいと思ったら、やってみたい。
途中で終わると、続きが氣になる。
こうした性質は、向上心や行動力につながることもあります。
一方で、時には自分を疲れさせてしまうこともある。
自分の長所だと思っている性質も、度が過ぎれば、自分を追い込む原因になることがある。
動けない時間ができたことで、そんな自分の一面を、少し離れたところから眺めることができました。

自分のペースを落としたら、みえてきたもの
いつもよりゆっくり過ごすようになって、もうひとつ気づいたことがあります。
それは、周りの人にも、それぞれのペースがあるということ。
すぐに行動する人。
じっくり考えてから動く人。
必要なことだけを済ませ、あとはゆっくり過ごす人。
同じ出来事に出会っても、反応も行動も、人それぞれです。
そして、私と同じように、気になることがあるとあれこれ動き回ったり、
最後までやり遂げないと気が済まなかったりする人を見ていると、
まるで自分を映し出す鏡を見ているようでした。
「ああ、私もこんなふうに動いているのかもしれない」
普段は自分の行動に夢中で、なかなか氣づけないこともあります。
けれど、自分がいつもと違うペースで過ごしてみると、周りが見えてくる。
そして、自分自身の行動パターンも見えてくる。
自分を客観的に眺めることは、自分を変えるためだけではなく、
自分を理解するためにも大切なのだと感じました。

自分にとっての心地良いペースを知る
周りからは、こんなふうに言われることもあります。
「そんなに頑張らなくてもいいのに」
「もっとゆっくりすればいいのに」
きっと、私を気遣ってくれている言葉です。
それでも、私にとっては、ゆっくりすることが必ずしも心地よいとは限りません。
やりたいことを思いきり楽しみたい
あれこれ動き回ることが楽しい
何もせず、ぼんやり過ごしたい日もある
どれも私。
大切なのは、誰かのペースに合わせることでも、
一般的に良いとされる過ごし方をすることでもないのだと思います。
もちろん、身体が疲れているときには、立ち止まることも必要です。
けれど、ただゆっくりすればいいというものでもない。
自分にとっての心地よいペースを知り、そのときの心と身体の状態に合わせて、自分で調整していくこと。
それが、私にとってのマイペースなのだと感じています。
元氣な私も、ゆっくり休みたい私も、どちらも大切な私。
「いつもこのくらい動けなくてはいけない」
「元氣なら、これくらいできて当然」
そんな思い込みを、少しずつ手放していきたいと思います。

当たり前の日常にありがとう
この夏、もうひとつ強く感じたことがあります。
それは、太陽のありがたさです。
長く続く雨模様。すっきりしない空。低気圧の影響もあって、頭痛やめまいに悩まされる日々。
晴れ間が見えると、それだけでうれしい。
太陽の光を浴びることが、こんなにも恋しいなんて。

いつもそこにあると思っていたものが、そうではないと気づいたとき、ありがたさが深く心に染みてきます。
身体が元氣であることも、自由に出かけられることも、やりたいことに取り組めることも。
失って初めて、その価値を実感するものですね。
だからこそ、元氣な日も、いつものように動ける日も、ふと立ち止まって、今ある目の前のものに
目を向けていたい。
この夏の経験は、私にとって、そんな大切なことを教えてくれました。
いつも頑張っている自分に、時には「よくやっているね」と声をかけてあげる。
そして、思うように動けない日には、「今は休むときなんだね」と、自分を責めずに受け入れる。
そんな自分との付き合い方を、これからも大切にしていきたいと思います。