
氣は確かですか?
〜熱中症が教えてくれた、本当に自分を大切にするということ〜
「病は気から」という言葉
昔からよく聞く言葉ですが、私は今回、その意味を少し違う角度から体感しました。
「氣合いでなんとかなる。」 「もう少し頑張れる。」 「私は普段元気だから大丈夫。」
そんな“氣力”を信じて生きてきた私がこの夏、初めて熱中症で動けなくなったのです。
後遺症も出るなんて、全く知らず、過信しました。
レイキでは、「氣」は全身を巡るエネルギーとしてとても大切に意識しています。
だからこそ今回、「氣が確かにめぐっていない」という感覚を身体で知ったことは、
とても大きな学びになりました。
40代、50代になると、若い頃と同じつもりと過信してはいけませんね。
身体からの何氣ない静かなサインをないがしろにした私の反省文。
「自分を大切にすること、過信していた私」について書いてみました。

「私は大丈夫」の過信が一番危ない
小さなサインを、ただの氣のせいにしていませんか?
この夏も本当に厳しい暑さでしたね。
実はその数日前から、朝起きられないだるさや、軽いめまいを感じていましたが、
「氣のせい」「疲れているだけ」としていました。
普段、健康で元気。 だからこそ、自分だけは大丈夫だと思ってしまった。
ある日、孫のお世話を頼まれていた時にふとめまいが。
「ここで私が倒れるわけにはいかない。」
そう思った瞬間、不思議と身体に力が入りました。
人に迷惑をかけたくない。 誰かを守らないと。
その氣持ちが、自分を動かしてくれることがあります。
でも後になって思ったのです。
どうして、自分自身のためには同じように思わないのだろう。
唯一無二の自分の身体を同じように大切にできないのだろう。
頭では知っているのに、目の前の予定や「やりたいこと」を優先してしまう。
50代を過ぎても、このクセは全く変わらないものです。(反省)
熱中症で「休むしかない」を知った日
氣力では超えられない壁がある
帰宅した途端、ひどい頭痛が始まりました。
急な吐き気、寒気、身体が動かない。
「これはまずい。」と、慌てて水分と塩分を摂り、そのままじっと寝込みました。
家族にも迷惑をかけたくなかったので、大丈夫と放っておいてもらいました。
もちろんレイキのセルフケアもしましたが、痛みが強すぎて、「できているのか?」と半信半疑の
氣休めだったかもしれませんが、それでもかなり助けられました。
レイキ実践を通して身につけてきた「身体を緩める感覚」。
落ち着いて深呼吸、頭や身体、全身の力を抜いて、リラックスを心がけること。
痛みに抵抗し続けないこと。
自分を責めないこと。「早く治さなきゃ」とジタバタせず、今は状況に、身体に任せること。
苦しみをゼロにすることはできなくても、苦しみに飲み込まれない方法を少し知っていたことが、
大きな支えになりました。
翌朝には頭痛が軽くなり、「助かった」と心から思いました。

眠れることは、身体からのメッセージ
休むことへの罪悪感を手放す
我慢すればこなせるかな?と思いつつも、予定をすべてキャンセルしました。
迷惑をかけてしまった方へ連絡をし、一日中、数日、眠りました。
「こんなに寝られるんだ」と自分でも驚くほどよく眠れました。
でも、それは身体が「休ませて」と言っていた証拠だったのでしょう。
私たちは休むことに罪悪感を持ちやすかったりしませんか?
やることは山ほどある。終わっていない仕事。返信しなければいけない連絡。家のこと。
「あぁ、何もできていない。」そんな思考が何度も浮かびました
けれど、一日休んでも世界はちゃんと回っていました。
やるべきことが終わらなくても、大丈夫。休んでも、大丈夫。
その事実を身体があらためて教えてくれました。
「氣が確かではない」一週間
元気なのに元気じゃない感覚
頭痛は治りました。でも、本当の回復はそこからでした。
数日間、家の中を歩くだけで疲れる。目に力が入らない。
身体の中心がフワフワしている。
まるで自分の軸がぼやけたような感覚でした。
私はこの状態を、「氣が確かではない」と感じました。
普段の私は活動的で、毎日何かしら動いているタイプです。
その私が、「今はここまで」の限界が何度も訪れる。
身体がまるで別人になったようで、本当に驚き、
自信を無くしました。
レイキ実践では「氣が巡る」「中心軸が整う」という表現をしますが、
逆に巡らない状態を知ったことで、整っていることがどれほどありがたいか、
元氣であることが当たり前でないことを痛感しました。

氣力と体力は、別ものだった
「もう大丈夫」が早すぎた
数日後、ようやくなんとか外での仕事に復帰しました。
「あぁ、氣が巡っている。」
全身にエネルギーが戻ってくる感覚があり、とても嬉しかったのです
そしてまた翌日に好きな運動もしました。もちろん以前より控えめに。
…そのつもりでしたが、その日の夜からまた頭痛が復活。見事にぶり返しました(泣)
AIに相談すると、こんな答えが返ってきました。
「氣力は戻っていても、身体はまだ回復途中です。」
その言葉に思わず呆れて笑ってしまいました。
また同じことをしている。
私は「氣持ちが戻れば身体もついてくる」と勘違いしていたのです。
でも身体には身体の時間があります。細胞が回復する時間。
内臓が整う時間。自律神経が落ち着く時間。
氣力だけでは飛び越えられない回復のプロセスがあるのだと今更ながら知りました。

自分を大切にするとは、身体の声を聴くこと、感じること
頑張るより、ゆるめる、やめる勇氣
体温より高い氣温の中で生活してきた今年の夏。
想像以上に身体へ負担がかかっています。
それなのに、「まだ動ける」「これくらい平氣」と、自分の心身の異変をスルーして
後回しにしてしまった。
私は今回、「普段どれだけ身体を蔑ろにしていたんだろう」と何度も反省しました。
寝込んだ数日間は、じっとしていることしかできませんでした。
その時の中で感じること、それを受け入れる事しかできませんでしたが、
せっかくなので、反省や自分攻めよりも安心を味わうよう心掛けました。
静かに横になっている心地よさ。
何もしない贅沢。ありがたさ。
夢を見る時間。
窓から入る風を感じる時間。
身体がゆるむことで、心が本当にゆるんでいく。
それには、受け入れる意識も大切ということ。
頑張ることばかり覚えてきた私に、「くつろぐこともとても大切だよ」と
身体が教え込んでくれているようでした。
40代からの自分磨きは、「足すこと」ではなく「整えること
自分磨きは、新しいことを始めたり、もっと頑張ること?
美容や健康、自分磨きというと、新しいことを始めたり、もっと頑張ることを思い浮かべがちですが、
40代、50代からは少し違うのかもしれません。
無理を減らすこと。休むことを許すこと。身体の声を信じること。
それも立派な自分磨きです。
元の氣レイキでお伝えしているセルフケアも、「もっと頑張るため」ではなく、
本来の自分に戻るための時間です。
呼吸を整え、身体をゆるめ、氣を巡らせる。
その積み重ねが、自分を大切にする習慣になっていきます。

おわりに 〜きっと私は、また忘れる。でも、思い出せばいい~
正直に言うと、この経験をしても、私はまた動き回ってると思います。
「もう大丈夫。」そう言って予定を詰め込みそうになる自分も、よく知っています。
喉元を過ぎると忘れてしまう習性だから、
氣がすむまで、そんなふうに行動してしまうんでしょう。
だからこそ、何度でも思い出したい。
「今、氣は確かですか?」
この問いを、自分自身に向ける習慣を持ちたいと思います。
元氣だから動くのではなく、氣が整っているから動く。
氣力で身体を引っ張るのではなく、
身体と心と氣、精神、(ボディ、マインド、スピリット)が同じ歩幅で進んでいるか、
三位一体となって波長を合わせているかをを確かめながら暮らしていく。
それが、これからの私があらためて心掛けたい「元の氣」で生きるライフスタイルです。
暑さが続く毎日、どうかあなたも、「私は大丈夫」と頑張りすぎる前に、
今一度ご自身の身体へ問いかけてみてくださいね。
甘やかしではなく、自分に厳しすぎるのかもしれないな、と常に氣にかけて、
唯一無二の私を、大切にしましょうね。
今日のあなたの「氣」は、確かですか?