岩崎順子 公式ブログ

やりたい!から やらねばならぬ!に変わるとき

Date: 2016.07.20

やりたい!から
やらねばならぬ!に変わるときimage

岩崎順子です(^ ^)

私は基本的にはやりたい!と思ったことを仕事にして
これまで生きてきました。

中卒で直ぐに仕事を始めた最初の仕事は…

ハウスマヌカン(^ ^)

今はハウスマヌカンなんて言わないですよね?

要はおしゃれな服の店員さん😄

当時はハウスマヌカンの歌も流行る位に
多くの人が憧れの職業だったのです…
もう30年前のことですが…(^_^;)

大阪梅田のHEPファイブ
(当時は阪急ファイブでした)で

当時15さいの私は
自分で書いた履歴書を持ってHEPのブランド服の階をうろつき
募集の貼り紙を見つけては

スミマセン!
働きたいのですが…

と恐ることなく面接をお願いしに行ってました。

おしゃれなブランド服のお店で15歳の若僧なんて
雇ってくれるところなどまずありません…(^_^;)

でも諦めずにいたら…

お店から怖い店長らしき人が出てきて

なんや?
仕事したいんか?
履歴書持ってるんか?

私はビビリながらも
ハイ!

店長らしき人はつかさず

履歴書見せてみろ。

と私から履歴書を奪い

ジーーーっと読んでから

よし!
いつから来れるねん?

という具合で
15歳の私は梅田のHEPのブランド服店員として採用されたのでした(^ ^)

ここから私は仕事を一生懸命するが

ある程度極めたと自分で思ったら違う店舗に移り
そして飽きる…

この様に服の販売を堪能し

そして次は何がしたいかを考えたとき

色んなところに旅行に行きたい!

そう思い
当時は18歳からの募集だったのですが、私は17歳。
年齢を少し誤魔化し

バススチュワーデスの仕事に就きました(^_^;)

バススチュワーデスとはバスガイドと同じようなお仕事です。

当時はバスガイドが足りていなくて
ガイドの案内をしっかりしなくてもいい業務には
バススチュワーデスが搭乗して

学生達と一緒に修学旅行に行ったり
遠足に行ったり
社員旅行に行ったりなど、日本の色んな場所に行きました。

私がリーダー的頭角を現し出したのはこの頃から…

リーダーとして
バススチュワーデスの新人研修や育成をする様に…

楽しかった仕事でしたが結婚を機にアッサリ辞めました。

結婚してからは
自宅近くのエステティックサロンに勤めました。

美に興味が出てきたのです。

当時の私は20歳(^ ^)

エステシャンとして腕を磨いていきました。

25歳位から仕事で役職が付くようになり出してから
後に30歳の離婚する迄の10年間

やりたい!と思ってた仕事から

やらねばならぬ!の仕事に変化していき…

その結果…

家庭内別居

そして

心身症を患い

その後
急性胃腸炎になり入院…

そしてその結果…

仕事を退職し

旦那さんとは離婚しました…

私は自分のことを
20歳で結婚してから30歳の離婚するときまで

全てにおいて

やりたい!
から
やらねばならぬ!に変化していってたのです

それは「責任」と「期待に応える」

ということから始まりました…

今でも

この「責任」と「期待に応える」

このモードが無意識に強くなった時は

「身体が不調を訴えてきます」

この時

あらゆる事柄を押し進めるのではなく

一旦

「立ち止まってください」

そして…

自分の心を見つめてみる…

 

何の為にやっているのか?

誰の為にやろうとしているのか?

心はワクワクしているのだろうか?

犠牲的になっていないのだろうか?

もしも

自分の為でなく

無理して誰かの為だったり
背伸びして社会の為だったり
楽しくなかったりだとしたら…

「一旦お預けする」

 

または

 

「手放す勇気を持つ」

それが後に「あなたを救う」ことになるから…

 

全ての成功や幸福の始まりは

まず「自分を愛すること」

ここが軸となり原点となるのです…

 

私は18年前レイキを学んだことで
そういったことにようやく気付けたのです。

 

人には気付く為に色んな経験をして
色んなタイミングで気付きが起こります。

 

今日このブログを読んで「タイミングだ」と感じたなら

 

あなた自身を自分で救ってあげてください…

 

次のステージがきっと良い方向に流れていくことでしょう(^ ^)